福岡県北九州市小倉南区のお客様 金 アクセサリーおまとめ 買取しました!
当店ホームページをご覧いただきありがとうございます。
おたからや横代北店の斉藤です。
今回は、北九州市小倉南区のお客様より、 金 アクセサリーおまとめてお買取りさせていただきありがとうございました。
人類は、紀元前の古代から「金」の放つその圧倒的な輝きに惹かれ続けてきました。
一目見て分かる、希少性や美しい輝きに、金が持つ超自然的な秘めた力を感じ取ってきたのかもしれません。
金は権力者が身に着けるもので、それは「権力の象徴」でした。
現在における「富裕の象徴」としての金とは、また少し違った意味合いがあったといえます。
非常に珍しく希少性の高い金を身に着けられる者=時の権力者、であり、また金はその輝きや長く続く美しい品質から「不老不死」の象徴として、権力者にとって「お守り」や「魔除け」の意味も持ち、きらびやかな装飾品は長きにわたって愛用されてきたのです。
金は人類の歴史の始まりのころから希少価値のとても高い特別なものでした。
しかしながら、その希少価値の高い金は権力者の力の象徴やお守り的な意味を持って、装飾品や宗教儀式に使用されていました。
古代のメソポタミア文明やエジプト文明においては、穀物や家畜等が通貨として使用されており、金が初めて通貨として使用されたのは、紀元前670年ごろの現在のトルコの辺りにあったリディア王国になります。
日本では8世紀に作られた「開基勝宝(かいきしょうほう)」が最古の金貨になります。
ただし、和同開珎のように流通した通貨ではなく、褒賞品としての目的で発行されました。
室町時代になってやっと一般に流通する金貨や銀貨が登場します。
そんな金貨を全国統一の貨幣にしようと着手したのは、江戸幕府を開いた徳川家康です。
家康は全国の金山銀山を幕府の直轄下に置き、小判を始めとした各種金貨・銀貨の製造を行いました。
江戸時代初期の小判1枚=1両は、米価から今の物価に換算するとおよそ10万円ほどになります。
貨幣の統一を目指した徳川家康の試みは画期的なものでしたが、時代が進むにつれて品位(金含有率)は改悪されていきました。
これは金産出量の衰退、貿易取引による多量の金流出、幕府の財政悪化などが理由とされています。
明治時代に入ると、新貨条例が施行され、それまでの金貨や銀貨は含有率に基づいた交換比率で、新貨幣と交換されました。
金本位制は終わりましたが、現在においても各国の中央銀行は、金を外貨準備金として保有しています。
当店もブランド品はもちろん、時計・アクセサリー・貴金属・商品券・古銭・古美術品・家電製品など多種多様に買取りを行っておりますので、お気軽にお立ち寄りください。
スタッフ一同皆様のお越しをお待ちしております。
買取専門店 おたからや 横代北店を
友だち追加
査定希望の品の
お写真の撮影・送信
お写真を参考に
仮査定額をお見積り
LINEのトーク画面にてお品物のお写真をお送りいただくことで、事前におおよその査定額のお見積りが可能です。「依頼したいけどどれぐらいの価値があるんだろう‥」「とりあえず値が付くかどうかが知りたい!」など、まずはお気軽にご利用ください。
